百年文庫69「水」伊藤 整 横光利一 福永武彦

「生物祭」伊藤 整

東京の学校に通う主人公が、父を見舞いに帰省します。主人公はそれまでの父への対し方を顧み、死に直面している父の内心について考えるのですが、その一方で李の匂が運ぶ耽美な思い出に浸るのでした。北国の春の輝きを描きつつ、父の死とそれを見つめる主人公の姿が淡々と描かれており、その心境が複雑に伝わってきます。

「春は馬車に乗って」横光利一

主人公は胸の病気の妻を看病しながら小説を書いています。妻は締め切りに間に合うようにと仕事をする彼に傍にいて欲しいと訴えます。病状が悪化していくと、妻は苦悶の最中に彼を罵りました。やがて衰弱した妻が、「自分はさんざん我がままを言った。もう寝て頂戴」と呟きました。死を目前にした妻に、彼はスイトピーの花束をささげました。「この花は馬車に乗って、海の岸を真っ先に春を撒き撒きやって来たのさ」。疲弊した二人に穏やかな光が射し込んだように感じました。

「廃市」福永武彦

大河と小さな川の流れを結ぶいくつもの掘割があり、そこを行き来する小舟が人々の足となっている町。主人公の「僕」は、そんな情景のある旧家でひと夏を過ごしました。そこで彼は、美しい姉妹の秘密めいた事情に少しずつ関わるようになります。そして10年後、そこで立ち会った事件を振り返り、そのときには分からなかった登場人物の心情について思いを寄せます。二人の女性の快活さや奥ゆかしさが如実に描かれていています。淡々とした語り口が物語の悲劇性を薄めていて効果的だと思いました。

水 (百年文庫 69)

 

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