「鶴のいた庭」堀田善衛
生家富山の廻船問屋を題材にした小説です。由緒ある廻船は境港、敦賀港、新潟、酒田、秋田、青森、松前、函館、小樽、稚内、礼文を廻って帰港します。水平線に自家の船を確認すると町内では水夫たちを迎える準備が始まります。掃除、買い物、風呂の水汲み、そして宴。花街へも遣いが走ります。静まり返っていた町が活気づく、その描写が秀逸です。時代がうつり松前交易は衰退しました。問屋の繁栄を見てきた曾祖父は銀の間で炬燵に入り、雪の庭に立つ二羽の鶴をじっと眺めて無言の日々を送っています。読後、北の海の海鳴りがとどろくように感じました。
「石段」小山いと子
「私」は旅先の佐渡で足の不自由な男と出会いました。男は二人の幼い子供を連れていました。子供たちは野卑で放漫な父親を恥じているようでした。母親とは何かの事情で離れて暮らしているようでした。宿も一緒、行く先々で彼ら親子と一緒になりました。海沿いを走るバスに乗ったときの出来事です。車掌が「この山の上にありますのは、縁結びの神様です」と説明を始めると、男は「お母さんが早く帰ってくるように、神さんにお願い申してくる」とバスを止めてもらい石段を上って行きました。不自由な足でなりふりかまわず上っていく父親の姿を見て、幼い姉弟が「おとうさあん」とバスから飛び下り石段の下まで走って行きました。親子の情愛を一瞬の光景に刻みこんだ作品です。
「兄の立場」川崎長太郎
中学を退学し作家を目指して上京した「私」は、実家に残した小学生の弟の将来を心配します。長男である自分が家を出たために、弟は家業である魚屋を継がなければなりません。絵が得意で勉強もできる弟を中学へ行かせてやりたいと思っています。父に「当分敷居をまたぐんじゃねぞ」と言われたものの、私は家に帰らずにいられません。次第に父親の気持ちは和らいでいっているように見えます。家業を継いだ弟も母も兄の帰りを喜んで迎えています。安定した家族のラストシーンが印象的でした。
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