「朝」田山花袋
東京へ引っ越すことになった5人家族が和船を頼んで川を下って行きました。その家の祖父はかつての藩士です。船にはもう一人隣家の老人が乗っていました。彼はすぐれた家柄の藩士でしたが、今は貧しく無賃で乗せてもらっているのでした。維新後の士族の明暗が映し出されています。渡良瀬川から利根川に出て、川口から掘割に入ります。途中いくつかの埠頭に停まりながら船旅が続きます。そして船は深川で朝を迎えて物語を終えます。船の中の様子や船から見える川岸の景色が克明に描かれており、同時に、そこにいる登場人物の心情も伝わってきます。
「そばの花咲く頃」李 孝石 長 璋吉 訳
太物(綿織物・麻織物)売りの許生員と趙先達、そして親子ほど歳の離れた童伊の三人が驢馬に乗って大和を目指して蓬坪を出発しました。途中、許生員が若かった頃の話を始めました。趙先達は何度も聞いた話に相槌を打ちます。山道が開けてきたところで、話題は童伊の方に向けられました。童伊は母一人子一人で育ちました。父親は生まれたときからいませんでした。母親は堤川にいるといいます。「大和の市のあとは堤川だ」。三人の気持ちがつながっていく展開に希望を感じる作品でした。
「鶯」伊藤永之介
東北地方の警察署が舞台です。娘を捜して欲しいという老女。娘婿五人を追い出したという母親。鶏泥棒とその妻と関係をもった男。鳥追姿の女形から金を巻き上げられた男。女工に身売りしようとする父親とその子供。難病を祈祷で治すと言われている元乞食の坊主。もぐり産婆の疑いを掛けられている女。鶯を売りに来た子だくさんの女。出産直前に警察署に助けを求めてきた子連れの女。これらの登場人物がつながりをもって展開していきます。特に、娘を捜す老女と警察署で出産した女との関係が見事に結びつけられ、絶妙な終末を迎えます。逆境の中に見えた光に救われる思いがしました。
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