百年文庫28「岸」中 勘助 寺田寅彦 永井荷風

「島守」中 勘助

舞台は野尻湖の琵琶島(通称弁天島)。「私」はこの島で独り暮らし、それを日記に記しました。

朝、浜へ降りて顔を洗い、米をとぐ。天気の良い日は体を洗い、衣類食器などを洗うこともあります。風や雨、野生や自然の描写に秋の寂寥を感じます。

「ふと見れば汀からのりだした朴の木の枝にひとりの女が腰をかけて一心に釣りをしている。翠の髪を肩になびけ、瑠璃の翼を背にたたみ、ウキをみつめる瞳はつぶらかに玉のごとく、ゆさりと垂れた左右の脛は珊瑚を刻んだかとうたがう」というカワセミの描写が印象的でした。

「団栗」寺田寅彦

妻の忘れ形身のみつ坊が団栗を拾う姿を見て、悲惨であった母の運命だけは遺伝しないでほしいと「余」は思います。余と妻とのやり取りの一つ一つが、この最後の場面につながり胸に迫ってきました。

「まじょりか皿」寺田寅彦

竹村運平君は翻訳や小説を書いて暮らしています。

12月31日、彼は本屋から原稿料を受け取った後、以前から欲しいと思っていた「まじょりか皿」を買いました。「まじょりか皿」とはイタリアの陶器で、白地に鮮やかな色彩を施したものです。彼はその皿を包んだ新聞紙を抱えて電車に乗りました。

ずっと欲しいと思っていた皿を買ったのに、彼の心のどこかに不安がありました。郷里に残した年老いた貧しい母を思い出したのです。

皿に描かれた帆船が逝く年のあらゆる想いを乗せて音もなく波をすべっていきます。竹村君も、彼が好意を寄せている娘も、老母も、小さくなって船に乗っています。

大晦日を独り過ごす彼の心情が伝わってきました。

「浅草紙」寺田寅彦

「私」は縁側で一枚の浅草紙を見つけました。

浅草紙とは、江戸時代の庶民に親しまれていた安価な漉き返し紙で、落とし紙(トイレットペーパー)などに使われていました。

その浅草紙には、美しい色紙の片が漉き込まれています。よく見るとそれは、巻煙草の包み紙だったり広告の散らし紙だったりします。印刷した文字も見えます。木綿糸、毛、ボール紙、鉛筆の削り屑……等々も。

「私」は、このあらゆる方面から来た材料が混ぜられ新しい物が作られる過程について思いを巡らします。

「雨瀟瀟」永井荷風

「雨瀟瀟」の「瀟瀟(しょうしょう)」とは、「①雨風のはげしいさま。②雨のさびしく降る音。風のさびしく吹く音。(全訳漢字海)」とありました。この話の季節は二百二十日、彼岸前の肌寒くなってくる頃のようです。

文中に引用される漢文と文語体の日記や手紙を読み取るのに時間が掛かりましたが、1914年(大正3年)、第一次世界大戦が始まった頃の文学者の暮らしぶりに触れることができました。

「薗八節」という浄瑠璃を後継する芸者を育てようとする俳人とのやり取りから、古くからの芸能の衰退を憂う様子がうかがえます。

「雨瀟瀟」は1921年、永井荷風42歳の作品。古くからの文化や人の志向が変化していく様は今も変わらないと思いました。

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