百年文庫5「音」幸田 文、川口松太郎、高浜虚子
「台所のおと」幸田 文
料理人である夫は胃ガンに侵されており、妻はそのことを夫に伝えてはならないと医者に言われています。
夫には二度の結婚経験がありました。彼は、妻と前妻、前々妻の台所の音に三人の性格の違いを見ました。
言ってはならない現実と過去を抱えながらも、互いを思いやる夫婦の姿が淡々と描かれています。
病床で調理場の音を聞く男のリアリティが切ない。
「深川の鈴」川口松太郎
「深川」と読んだだけで江戸情緒のある粋な世界が浮かんできます。これは一読者としての勝手な思い込みに過ぎないのですが……。
では「深川の鈴」とは何なのか。この鈴の音は、洲崎の寿司屋の二階で聞こえた音なのですが、主人公の男にとって、その音にはいろいろと深い意味があったのでした。
数十年後の思いがけない再会。ラストシーンが味わい深い。
「斑鳩物語」高浜虚子
文章を読むと斑鳩の情景が見えてきます。
宿屋から見える大和一円の景色が美しく、法起寺三重の塔に登るところなどは読んでいても足がすくむようです。
解説に「正岡子規の『写生』を継承発展させ、散文にも適用した」とあります。なるほどと思いました。110余年前の大和を文章で味わうことができました。
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