百年文庫44「汝」吉屋信子 山本有三 石川達三
「もう一人の私」吉屋信子
祖父母の墓参りに行ったとき、墓誌に見付けた「夢幻秋露童女」という戒名。それは生まれて間もなく亡くなった双子の姉のものでした。それ以来主人公の心のどこかにいつも姉がいたのでしょう。
高校生となった主人公は、映画館のトイレで自分に生き写しの姉と思いがけず出会います。それは幻影だったのでしょうか?
やがて主人公は両親が選んだ男性と結婚し、新婚旅行へ出かけます。そして、宿泊先のホテルで再び亡くなった姉と出会うのです。
命日に欠かさず墓に花を手向けるというラストシーンに安堵しました。
「チョコレート」山本有三
主人公は、経済的にも精神的にも恵まれた家庭に育っているようですが、だだの金持ちのお坊ちゃんではない情緒的安定を感じます。
父親の口利きで就職が決まった陰で友人の内定が取り消しになったことを知り、主人公は自らその職を辞退しました。
自力で職を見つけようとする主人公の意志を尊重した父の計らいは、彼を悩ませる結果になりましたが、彼の家が壊れることはないでしょう。
最後の赤いきれの「明治ミルクチョコレート」という文字。染料の仕事をしていた父親のことでしょうか?
「自由詩人」石川達三
詩人は、「近いうちに詩集が出版されるから」と言って何度も「私」から借金をしました。
彼は元々、哲学的でまじめで孤独な学生でした。そんな彼が退廃していったのは、愛した人を肺の病で亡くしてからだったように読み取れます。
「私」は彼を、
人間を区別することのできない男だった。
国家からも社会からも自由だった。
飄々として一個の詩人であるにすぎなかった。
現代を超越してどこかしら別のところで生きていた。
と評しています。
そんな彼は、最後に子供を道づれに死んでしまいます。
哀れで悲しく切ない物語でした。
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