百年文庫56「祈」久生十蘭 チャペック アルツィバーシェフ
「春雪」久生十蘭
池田は、結婚することもなく23歳で夭逝した姪、柚子に結婚の約束をした青年がいたことを知りませんでした。
そんな池田に柚子と青年の仲をよく知る友人の伊沢が事の真相を話して聞かせます。
伊沢が池田に会わせたい人がいること。柚子は浸礼を受けた後肺炎になり亡くなったこと。死ぬ間際に友達からもらったという指輪を左手の薬指にはめていたこと。柚子の日記にはその日の天気しか書かれていなかったこと。等々、これらはどれも、真相が明らかになって行く時の伏線になっています。
最後の種明かしのために緻密に構築された構成と文体が読者を魅了します。
「城の人々」チャペック 石川達夫 訳
オルガは伯爵家の家庭教師として住み込みで働いています。オルガは情熱をもって教育にあたりましたが、生徒であるマリーを思い通りに導くことができませんでした。そればかりではなく、このお城に住む幾人もの人々との関係づくりに苦慮しているようでした。もう一人の男性家庭教師ケネディーとの微妙な関係もあり、オルガは自分の仕事から逃げ出したいと考えるようになりました。父母のいる田舎に帰り工場で働こうと思っていました。ところがそんなオルガの元へ母からの手紙が届きます。それは父が病気になったので、ずっとそこで働いていてほしいという内容でした。
逃げ出すことのできない絶望の中で、恐ろしい期待を抱き始めるオルガの心情が語られています。
「死」アルツィバーシェフ 森 鷗外 訳
歩兵見習士官ゴロロボフは「人生は死刑の宣告を受けているようなものだ。だからその宣告を受けている命を早く絶ってしまおうと思う」と言って自殺しました。その言葉を聞いた医学士ソロドフニフは翌朝、ゴロロボフの検案をすることになります。ソロドフニフは思索の末、「少なくも己は死んではいない。どうせ一度は死ななくてはならないのだけれど」という考えに至ります。生きていることの実感が、彼の明るく輝く世界と結び付いています。
作者アルツィバーシェフはウクライナの生まれです。
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