百年文庫81「夕」鷹野つぎ 中里恒子 正宗白鳥
「悲しき配分」鷹野つぎ
兄弟妹の幼子を育てる桂子は、単身赴任から帰る夫を子供たちと共に待っていました。子育ての中で生ずる多くの判断を独りで担ってきた苦労と充実が感じられますが、桂子には子供たちとは違う妻としての感情が渦巻いています。懸命に子育てに励んできたのに、父を迎えた子供たちの眼には母の姿が映っていません。母として、妻として夫を迎える主人公の心情は複雑です。
「家の中」中里恒子
主人公の「わたし」は茅屋と称する家に一人住んでいます。「正確に言えば、昭和26年から、わたしは孤独な暮らしにはいった」とありますが、その家こそが安心していられる場所だったのです。「寒菊や 咲くべき場所に 今年また」という句がわたしの実感でした。家の中の出来事を綴った淡々とした文章の中に真実のことが含まれているようで身に染み入りました。「夢は、自分がみるもので、人に見せるものではない」という言葉にはっとしました。
「入江のほとり」正宗白鳥
瀬戸内海沿岸の旧家に生まれた六人兄弟の物語。三男の辰男には、バイオリンを習って音楽家になりたいという希望がありました。しかし、親に認められず、地元で代用教員として働く今は英語を独学で楽しんでいます。帰省していた長男栄一は、その英文は意味が通らず発音も間違いだらけで、他人に通用するものでない、と指摘します。辰男は他人に見せるために学んでいるのではないと唇を噛み、それ以来英語に親しめなくなっていました。そして、栄一が上京する前日、辰男の部屋から小火が起きます。家族の世話にならずに自立する道を勧める兄の言葉に目を伏せる辰男。内面でもがき続ける辰男の姿に現在社会の実情が重なって見えました。
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