百年文庫91「朴」木山捷平 新美南吉 中村地平
「耳かき抄」木山捷平
「耳かき」というのは「私」が町へ飲みに行く時の隠語です。家に耳かきがなかったので、まちへ出掛けたときに買ってこようと家を出ますが、いざ町に出てみると、それは今必ず買わなければならない物でもないような気がしてきて買わないで帰ります。その結果、町で飲むという行為だけが残り「耳かき」が隠語になったのです。そんな「耳かき」にまつわる話がいくつか記されています。新任の校長先生が新品の自転車を盗まれた話。投身自殺した死者を弔う老僧の読経を聴きながら茶碗酒をやる話。等々、肩の力を抜いた話も時には良いものだと思いました。
「噓」新美南吉
横浜から来た太郎左衛門という名の転校生。転校生というものはいつの代も気になる存在なのですが、時間の経過と共にその性格・特性が明らかになっていくものでもあります。その転校生の様子を見続けている久助君という少年の視点にリアリティがあり面白いのです。太郎左衛門は次第に周囲と親しくなっていきますが、少し信用できないところがあります。それが太郎左衛門の「噓」なのです。「峠を越えた先の海岸に10メートルもあるクジラがいて見世物になっている」。少年たちは、その話を疑いつつも冒険心が彼らを現地に向かわせます。結局クジラはいませんでしたが、太郎左衛門は最後のどたん場で嘘をつきませんでした。そのことが久助君を安らかな気持ちにさせました。というどこか心暖かな物語でした。
「南方郵信」中村地平
船持の旦那とその独り息子の三太、家畜の世話をしている源吉爺さんが主要な登場人物です。源吉爺さんは若いころからこの旧家に仕えていて、旦那の言いつけには嫌なことでも従ってきました。しかし、旦那は源吉爺さんの要求を聞くことはありません。源吉爺さんは、三太をそそのかしてその望みをかなえようとしますが、すぐに旦那に叱られてしまうのです。そんな爺さんの前に、小さなトタンぶきの家に独り住むお浜という女が現れます。二人は爺さんと愛娘のように睦み合っていたのですが、お浜はやがて父親の分からない子を妊娠してしまいます。最後に源吉爺さんは急死し、その後生まれてきた赤ん坊の父親が源吉爺さんであることが分かった、という話です。この死と生命の誕生に人間の尊厳のようなものを感じました。
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