「御挨拶申し上げます」が正しい敬語である理由
仕事に就いていたとき、研修会や講演会などの進行役を務める機会が多くありました。
「講演会に先立ちまして、当会会長○○○○が御挨拶申し上げます」
と進行していましたが、あるとき、上部組織主催の研修会で主催者側から、
「主催者側のあいさつに『御』を付けるのはおかしくないか?」
「『御挨拶申し上げます』ではなく『挨拶いたします』と言うべきではないか?」
という話しがありました。
あのときは「言われてみればそうだなあ」と思いました。
そして、それ以来ずっと
「講演会に先立ちまして、当会会長○○○○が、挨拶いたします」
と言ってきたのですが、「挨拶いたします」はどこか言いにくく、進行の言葉としてそぐわないと感じていました。
そこで今回は、「御挨拶申し上げます」という言い方が正しいのかどうかを追求していきたいと思います。
目次
「尊敬語」と「謙譲語」
まずは、コトバンクのデジタル大辞泉で「ごあいさつ」を引いてみました。
ご‐あいさつ【御挨拶】
1 「挨拶(あいさつ)」の尊敬語・謙譲語。
2 「挨拶4」に同じ。
「何の用かとは、とんだご挨拶だね」
[補説]1で、「先生から御挨拶をいただきます」は尊敬語、「中元の御挨拶を申し上げます」は謙譲語。
ここで注目したいのは、「御挨拶」は「挨拶」の尊敬語・謙譲語でもあると記載されている点です。
しかも、
「先生から御挨拶をいただきます」は尊敬語
「中元の御挨拶を申し上げます」は謙譲語
と例文を示して尊敬語の「御挨拶」と謙譲語の「御挨拶」を明確に区別しています。
尊敬語とは
話題の人、その人自身の行為・性質およびその人に所属するもの、その人に対する行為などに関して、話し手の敬意を含ませた表現。
(出典元:広辞苑第五版)
ですから、
「先生から御挨拶をいただきます」の「御挨拶」は先生への敬意を表しています。
一方、
謙譲語とは
話し手(書き手)が、自身の側の物や動作を、他に対する卑下謙譲を含ませて表現する語。
(出典元:広辞苑第五版)
ですから、「中元の御挨拶を申し上げます」の「御挨拶」には自分の挨拶に卑下謙譲を含めているということになります。
「中元の御挨拶を申し上げます」は、自分の「挨拶」をへりくだって謙遜して述べているのです。
ここまでをまとめます。
◎「先生から御挨拶をいただきます」の「御挨拶」は尊敬語。
先生への敬意を表している。
◎「中元の御挨拶を申し上げます」の「御挨拶」は謙譲語。
自分の「挨拶」をへりくだって謙遜して述べている。
この段階で、「主催者側のあいさつに『御』を付けるのはおかしくないか?」という疑問は解決しました。
主催者側が「御挨拶申し上げます」と述べても問題ないのです。
「申し上げます」と「いたします」
もう一つは、「御挨拶申し上げます」と「御挨拶いたします」のどちらを使うべきかという問題です。
「申し上げます」を大辞林第三版で見ると
「申し上げる」とは
① 「言う」の謙譲語。
言上する。
「申す」よりも一段と謙譲の度合が強い。
「ひと言お礼を申し上げる」
② (補助動詞)「お」「御ご」を冠した動詞の連用形や動作性の体言の下に付いて、動作の対象に対する敬意を表す。
…いたす。
「実情をよくお話し申し上げる」
「この件については、改めて御ご相談申し上げるつもりでおります」
(出典元:三省堂大辞林 第三版)
とあります。
「申し上げる」は「申す」よりも一段と謙譲の度合が強い。
とあるので、「申す」を引いてみました。
「申す」とは
① 「言う」の謙譲語。
動作の及ぶ相手を敬っていう。
「私は田中と申します」
「父がこう申しました」
② 「言う」の丁寧語。
聞き手を敬っていう。
「昔から『急がば回れ』と申しますが…」
(出典元:三省堂大辞林 第三版)
以上のことから、次のことが分かりました。
- 「申す」は、動作の及ぶ相手を敬っていうときの「言う」の謙譲語で、「申し上げる」になると一段と謙譲の度合が強くなる。
- 「お」「御(ご)」の付く動詞などとセットで「お(ご)~~申し上げる」と使って相手への敬意を表す。
それでは、「いたします」はどうなのか?
「いたす」とは
㋐ 「する」の謙譲語。動作者を低めることで聞き手を敬う。
多く下に「ます」を付けて用いる。
「準備は一切こちらでいたします」
「間もなく係の者が御案内をいたします」
「今後とも努力をいたす所存であります」
㋑ 「する」の丁寧語。
多く下に「ます」を付けて用いる。
「船はまさに岸壁を離れようといたしておりました」
「メロンは、一個四、五千円もいたします」
「あと一〇分いたしますと、京都に着きます」
(出典元:三省堂大辞林 第三版)
㋐ にあるように、「御挨拶いたします」の「いたします」は「する」の謙譲語です。
「申し上げます」も「いたします」もの謙譲語なので、「御挨拶申し上げます」と「御挨拶いたします」のどちらを使っても問題はないことが分かります。
これで冒頭に揚げた
「講演会に先立ちまして、当会会長○○○○が御挨拶申し上げます」
という言い方は間違いではないことがはっきりしました。
「ごあいさつ」「ご挨拶」「御挨拶」
ところで、「ゴアイサツ」には、「ごあいさつ」「ご挨拶」「御挨拶」の表記がありますが、いったいどの表記を使ったらいいのでしょうか?
「内閣訓令第1号 公文書における漢字使用等について」に次の記載があります。
ウ 次の接頭語は、その接頭語が付く語を漢字で書く場合は、原則として、漢字で書き、その接頭語が付く語を仮名で書く場合は、原則として、仮名で書く。
例 御案内(御+案内) 御挨拶(御+挨拶)
ごもっとも(ご+もっとも)
公文書では、漢字の前は「御」、平仮名の前は「ご」というルールがあるようです。
したがって公用文では「御挨拶」か「ごあいさつ」と書くのが原則ということになります。
一方、マスコミや諸団体の文書を見ると「ごあいさつ」「ご挨拶」が多く見られます。
公文書以外では、それぞれがルールを決めて統一しているようです。
ですから、私的な文書であれば、「ごあいさつ」「ご挨拶」「御挨拶」のどの表記を使っても問題はないということになります。
私文書以外の場合は、所属する団体のルールに従うのが一番ですが、もしもルールがない場合は、「御挨拶」か「ごあいさつ」を使うのが無難かと思います。
まとめ
「御挨拶申し上げます」という言い方が正しいかどうかについてお伝えしましたが、いかがでしたか?
今回のポイントをまとめます。
- 「御挨拶申し上げます」の「御挨拶」は謙譲語。
- 謙譲語としての「御挨拶」は自分の「挨拶」をへりくだって謙遜して述べている。
- 「御挨拶申し上げます」の「申し上げる」は「言う」の謙譲語で、「お(ご)~~申し上げる」と使う。
- 「御挨拶いたします」の「いたします」は「する」の謙譲語なので、「申し上げる」「いたします」のどちらを使ってもよい。
「講演会に先立ちまして、当会会長○○○○が御挨拶申し上げます」
という言い方は間違いではないことが分かり、スッキリしました。
何事も「何故そうなのか」と理由を問うことが大切ですね。