「付ける」と「着ける」の使い分け 「身に付ける」と「身に着ける」
学校現場にいた頃から、「知識を身につける」は「知識を身に付ける」と書くものだとずっと思っていました。
教育基本法や学習指導要領には、「幅広い知識と教養を身に付け」「能力を身に付けさせる」などの表記があり、学校ではそれらに準じた表記をしてきたのです。
一方、手元にある新聞社の用語集を見ると「知識を身に着ける」とあります。これはいったいどういうことでしょう。さっそく「身に付ける」と「身に着ける」について調べることにしました。
「身につける」とは
「日本語大辞典(講談社)」で「身につける」を引くと、
身に付ける
①着物を着る。
②自分のものにする。
③覚えて実力をもつ。「教養を身に付ける」
(出典元:「日本語大辞典」講談社)
とあり、「身に着ける」の記載はありません。
「広辞苑第五版」ではどうかと引くと、
身に付ける
①体に密着させるように所持する。「大金を身に付ける」「宝石を身に付ける」
②衣服を着る。
③知識・学問・技術などを習得する。「高度な技術を身に付ける」
(出典元:「広辞苑第五版」岩波書店)
と、やはり「身に着ける」の記載はありません。ほかにもいくつかの辞書に当たってみましたが、どの表記も「身に付ける」になっていました。
そのような中、「身に着ける」に関するの記載が「実用日本語表現辞典(weblio辞書)」にありました。
身に付ける
(1)知識や技能などを自分の能力として供えること。「教養を身に付ける」「礼儀作法を身に付ける」などのような言い方で用いられることが多い。
(2)衣服や装飾品を身にまとうこと。この意味においては「身に着ける」の表記も一般的に用いられる。
※黄色マーカーは筆者
この解説から、
- 「知識を身につける」⇒「知識を身に付ける」
- 「衣服を身につける」⇒「衣服を身に付ける」あるいは「衣服を身に着ける」
であることが分かりました。
ではいったい、新聞社の用語集では、なぜ「知識を身に着ける」となっているのでしょうか?
「身に付ける」と「身に着ける」の使い分け
平成26年2月21日に行われた文化審議会国語分科会の資料に「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)がありました。
「異字同訓」の漢字の使い分け例
【付く・付ける】付着する。加わる。意識などを働かせる。
墨が顔に付く。足跡が付く。知識を身に付(着)ける*。利息が付く。名前を付ける。 条件を付ける。味方に付く。付け加える。気を付ける。目に付く。
【着く・着ける】達する。ある場所を占める。着る。
手紙が着く。東京に着く。船を岸に着ける。車を正面玄関に着ける。席に着く。 衣服を身に着ける。
【就く・就ける】仕事や役職、ある状況などに身を置く。
職に就く。役に就ける。床に就く。緒に就く。帰路に就く。眠りに就く。
* 「知識を身につける」の「つける」は、「付着する」意で「付」を当てるが、「知識」を「着る」 という比喩的な視点から捉えて、「着」を当てることもできる。
※黄色マーカーは筆者
この報告によると、
- 「知識を身につける」⇒「知識を身に付(着)ける」
- 「衣服を身につける」⇒「衣服を身に着ける」
となっていることが分かります。
さらに第7回国語分科会漢字小委員会の議事録を見てみました。
ここでは、「知識を身に着ける」という「着」の表記もあることから、「知識を身に付ける」と「衣服を身に着ける」に書き分けるか、「知識を身に付(着)ける」と括弧書きするかが議論されています。
「新聞では『付』と『着』を分けているところと『着』だけのところがある。」また「『着』は比喩的な用法である。」「衣服の場合は『つける』という他動詞だけで、『衣服がつく』とは言えないからかなり違いがある。」 等の意見が出されていました。
以上のことから、「知識を身につける」は「知識を身に付ける」でも「知識を身に着ける」でもよいということが分かります。
続いて、「知識を身に付ける」と「知識を身に着ける」に関する新聞界の捉え方が分かる記事があったので引用させていただきます。
読売新聞の用語幹事で、用語集改訂の中心メンバーであるS氏に、このあたりの事情を聴いたところ、
「『知識を身につける』は、新聞はずっと『着ける』やってきた。2014年に国語分科会で『「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)』を作ったときも、私は新聞での扱いから『着ける』を主張した。ところが、学習指導要領では『付ける』を使っているということが分かり、『「異字同訓」の漢字の使い分け例(報告)』では、『知識を身に付(着)ける』と併記したうえで、それぞれの理屈を示した注釈を付けることにした。『指導要領での表記』を第一にしつつも、『新聞表記』も認めるかっこうにしたのだが、そうした経緯から、『指導要領に合わせたほうが良いのでは・・・』という社も現れたため、このような異同が生じている。」
とのことでした。
新聞がなぜ「知識を身に着ける」としてきたのかを探り当てるまでには至りませんでしたが、「着ける」と「付ける」が今も変化の過程にあることを実感したところです。
さて、ここからは筆者の考えです。
「付ける」を「あるものが他のものから離れない状態にする」「付着する」「くっつける」と捉えると、
「知識を身に付ける」⇒「知識を身から離れない状態にする」「知識を身に付着する」「知識を身にくっつける」
となります。
「着ける」を「からだにまとわせたり、帯びたりする」「着る」と捉えると、
「知識を身に着ける」⇒「知識を身にまとわせる」「知識を着る」
となります。
「くっつける」は切って貼るようなイメージで、基礎的基本的な知識を連想します。それに対して、「まとう」は身体全体を覆うようなイメージで、広がりのある知識を連想します。
このような「付く」と「着く」のイメージにかかわらず、筆者個人としては、長年使ってきた「知識を身に付ける」を選択してしまうのですが、「知識を身に着ける」という表記への関心は高まっています。
まとめ
あえて今回のテーマについてまとめると、
今のところ
- 「知識を身につける」⇒「知識を身に付(着)ける」
- 「衣服を身につける」⇒「衣服を身に着ける」
とするのが無難なようです。
どちらか迷ったときは「平仮名」で「身につける」と書くのもよい選択だと思います。
大学で教員をしています。仕事柄,言葉の使い方には関心があります,
大学で毎年,作成している「学修案内」という結構,だいじな冊子の中にも,「身に着ける」という表記があり,本記載はたいへん参考になりました。ありがとうございます。「学修」と「学習」のちがいも書き手がどうとらえているのか,微妙なところがあり,気になることがあります。「生物の機能を学修する」とかかれていることもあり,ムムム,と思います。「に関わらす」,「にも関わらず」の表記もいつ悩ましく思っています。漢字で書くなら「拘わらず」であり,通常,ひらがな書きして「にかかわらず」とする,と自分では理解していますが,今回の記載の最後に「イメージに関わらず」とあります。「イメージに関係なく」という意図で書かれていると思いますが、はやり気になりましたのでコメントさせていただきました。私の理解が不足しているのかもしれませんので,その場合,ご容赦ください。
ご丁寧なコメント、有難く思いました。
ご指摘の通り、漢字では「拘わらず」と書き、「関わらず」ではありませんでした。また、常用漢字表の「拘」に「かかわる」の訓はないので「かかわらず」と平仮名で書くべきでした。
このことは、「文部科学省用字用語例」にも記載されおり、「朝日新聞の用語の手引」には、「かかわる」は「関わる」と書き、逆接を表す「~にもかかわらず」は仮名書き、とあるので間違いのないところだと思います。
ただ一方で「明鏡国語辞典」には、「伝統的には『拘』。『関』『係』も使われてきたが、今後は常用漢字表内訓の『関』が増えるだろう」とあり、「かかわらず」の表し方には動きがあるようです。
勉強になりました。
今後も、お気付きの点などコメントしていただけたら嬉しく思います。
ありがとうございました。
このことについて調べていたら、「毎日新聞用語集2020年版 Kindle版」に、
かかわる(係わる、拘わる)→関わる
(注) 逆接の意味の「…にもかかわらず」は仮名書き。
「天候に関わらず実施」などは漢字書きでよい。
とありました。
「イメージに関わらず」は漢字書きでもよかったかもしれません。
小学校の教員です。通知表の所見欄に、学力が着実に身に着いてきています と記述したところ、管理職から、付いてきていますに訂正されて、自分の言語感覚とずれていると感じたことを思い出しました。学習指導要領と新聞の表記に微妙なずれがあったことを知って、そういうことだったのかと腑に落ちました。勉強になりました。ありがとうございました。
コメントありがとうございました。
「そういうことだったのかと腑に落ちました。」とのお言葉、とても嬉しく思います。
当サイトでは、ほかにも教育関係でよく使う言葉を取り上げておりますので、もしよろしかったらご覧ください。
今後ともよろしくお願いいたします。